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サウンドその10:「調律されたフレットから響く自由音階… チョーキングにビックリ!」



ギターのある生活 アコースティックでそこそこスリーフィンガー奏法をマスター(まだ、タドタドしさは取れていませんけど…)して、一応これで俺もギターは弾けるようになった「気分(あくまで気分ですよ)」になりました。余談ですが、左手の「コードフォーム」や「運指(うんし)」は機械的な訓練でしょうが、右手のピッキングは「ノリ」というか、「センス」であると思います。「センス」と言ってしまうと「才能」のことになって、「俺って才能は無いな…」とか溜息をつく事になるのですが、「才能」なんて空中からポンといきなり湧いて出てきてその腕に宿るようなものではありませんから、やはり「練習・努力」という古典的というか普遍的な人間的行為は必要でしょう。(小難しく表現しようとするつもりはありませんが)才能に恵まれた天才が努力すればこりゃ「とんでもない領域」に行ってしまいます。が、天才ではなくとも「練習・努力」という方法である程度の所までは行けるはずです。自己満だろうが何だろうが、その指先に「快感」を得る程度の楽しみ方であれば、ひたすら「練習」でしょう。そうすれば、ある程度は「動く」ようになります。

右手を「センス」と言ったのをもう少し簡単に言えば「センス=感覚」ですから、ギターを弾くとき、右手の方を見ている方はあまりいないと思います。大体、左手の指板(ネック)側を見ていると思います。これが、先ほど述べた「左手の動きは機械的」、で、「右手はセンス(感覚)」、と言うことです。右手はあくまでも感覚的に動いていきます。まあ、「早く動く」「正確に動く」等々、生まれつきのものはあるにしても。前の記事でも書きましたが、ギターのグルーブ感はこの右手が創り出してくれるものだと思います。練習の最初はノタクラとしか動かず、その音に自分が不愉快になってしまいましたが、少しづつ少しづつ、テンポのある動きを始めてくれると、右手の指先に「快感」を感じてきます。

右手は「弾むように」、左手は「とにかく機械になったつもり」、といっぱしの理屈をこね始めるころが、よく「二年目の板前(三年目だったかな…)」っていうのでしょうかね。少し自信がついて、いっぱしに包丁が扱え始めた頃に、「俺も少しは大したもんで…」なんて、ちょっと「お生」になったりして。まあ、そんな時はなんにせよあるのでしょうが、そうなると、同じようにギターを弾いている連中とのコンタクトをしてみたくなります。ポコペケプンの音しか出せない時は「人に見られたくない…」でしたが、まあ、ちょっとは俺も進歩したし、って、でもこれでまた痛い目に合って、「えーん、オカーチャン…」ってな破目に良くなるのですけど…。ハイ…。

で、いつぞや私のアパートに突然やってきて、人のギターを勝手に弾いて帰ったやつの所へ大学の帰りに遊びに行きました。講義が午前中で終わったので夕刊配達までは時間があります(その頃は新聞配達で喰っていました)。そいつのアパートに行くと、講義をサボって寝ていました。余談ですが、私の四畳半のアパート(東京に出てきたときはトイレ横の三畳間…)と違ってそいつの部屋はまだ新しいアパートで、キッチンも風呂もあって広い。しかもベッドがある。その時代は学生でも大方がそんな生活で、五木寛之の「青春の門」に一念発起させられて東京に出てきた私の生活とはかなり違う。っていうか、青春の門に出てくるような生活が大学生の生活と思っていましたが、時代が違いますわなあ…。

それは置いといて、今日は私がそいつのギターを借りて、少々以前よりは弾けるところをご披露。それを見て、「おっ、ちょっとは上手なったやないか(関西弁)」ちょっと気分がいい。「しゃーったら、今度はこんなんやってみたらええで」とギターを取り上げ、おもむろに彼は、聞いたこともない曲を弾き始めました。あの、聞いたことがない曲なんてたくさんあるのですが、その曲の音をどうやって出しているのか分からない曲なのです。かつて、彼のスリーフィンガー奏法を神業と感じましたが、再び、その「音」に同様のことを感じさせられてしまいました。なんだよ、それ…。右手の動きと音の出方が合ってないのに…。もう、「俺もちょっとは…」なんて「お生」な気持ちはどこへやら…。また、目が点でそいつの弾く曲を拝聴しています。

何でも「中川イサト」とか言う方(あの押尾コータローの先生だそうで…)の曲をコピーしているのだそうです。なんといっていいのか、「渋い」「カッコいい」聞いたことのない旋律が彼のギターからポンポンと飛び出してきます。これは教えてもらうしかありません。「あのぉ…」。ハイ、そこでチョーキングという言葉を聞きました。アコギですから、エレキほど派手なチョーキングではありませんが、言い方は悪いのですが、いきなり「足が滑った」ような感覚の音です。弦を上に押し上げると「キュィーン」という音が。ちなみに「チョーキング」とは和製英語で、国外では通じません。正確には「ベンディング(Bending)」で、「押し上げる」ですね。チョーキングでは「絞める」となります。

しかし、ギターというのはフレットが打ってある調律楽器ではありませんか。それなのに、そこから自由音階の連続音が出てくるなんて。しかも、プリング・オン、ハンマリング・オフなんてのとの複合技も…。右手の動きと左手の動きがシンクロしていないように見えます。右手がゆっくりと動いているのに、いろんな音がいっぱい出てきます。あのエリック・クラプトンが「スローハンド」と呼ばれていたのもこうした奏法を始めて見る人たちが「右手がゆっくり動いているのに、なぜあんなにたくさんの音が出てくるのか」と驚いたことに由来します。いまの私もそうです。少しはいっぱしのギター弾きを気取りに来たのに、やっぱり…、「えーん、オカーチャン…」ってな破目に…。彼から「ブルース」という言葉を聞き、その奏法について教わって帰りました。帰り際に彼からまた同じ事を言われました。「とにかく、必死になって何回も何回も練習してりゃ、弾けるようになるよ」。ハア…。とにかく、夕刊を配り終えて晩飯を食い、部屋で試しにチョーキングとプリング&ハンマリングの複合技を練習します。アッ…また、指が攣りました…。

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