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サウンドその28:「ジャパン・ヴィンテージ…? なんのことやら…」



ギターのある生活 アラカンオヤジが再びギターに興味を示しだして、毎日キャーキャーと楽しんでいるのは他愛もなく、誰にも迷惑など掛けずに一人勝手にギターで遊んでいるのですが、今だにというか、久々にギターなる楽器を色々とWEBや雑誌で眺めている時にけっこうな違和感を持ってしまうことがあります。それは、古いギター(1970年代くらいかな…)を「ジャパン・ヴィンテージ」とか称して、「幻の」とか、「もう二度と手に入らない」とか、「あの〇〇〇が!」「ついに出た」「この機会を逃すと!」「憧れの」、とまあ、この辺にしておきますが、何のことやら騒がしいことです。1970年代と言えばフォークブームで様々なギターが現れましたが、その中で今も生き残っているのはわずか…。あの頃、フォークギターは作れば売れた時代。確かに、そうした時代であるがゆえに名機なるものが生まれもしますが、粗製乱造となるのもまた必定。

そもそもがヴィンテージとは(またはビンテージ: vintage)とは葡萄酒(ワイン)の製造工程を表す言葉だそうで、その辺は私も詳しくはありませんが、そのワインに使われているぶどうの収穫年の記載のこともヴィンテージと呼ぶことから転じて、ブドウの当たり年に作られたワインを「ヴィンテージ・ワイン」と称して有難がる(高級なワイン)ということのようです。そして、それがさらに転じて、ある時期の名品や、年代物の楽器・オーディオ製品・カメラなどの希少価値を表す言葉ともなっているわけで、まあ、その辺りまでは分かりますけど、「ギターのジャパン・ヴィンテージ」という取って付けたような宣伝文句を聞くと、どうしても「なんじゃ、そりゃ?」と拒絶反応の様なものが出てきます。

往々にして「ヴィンテージ」とやらで有難がられるものは、その本価値である「使用価値」より付加価値(おまけ的価値)である「所有価値」の方が高くなります。つまり、「持っていることで何某かの満足感を得る」ということです。まあ、趣味ということではそれもありですし、私自身もギターに「工芸品的」な美しさを認め、多少はコレクター的なところがあります。しかしですね、要は程度問題です。本来、ヴィンテージとは数寄者同士の間で共有される価値・知識であり、それほど表に出てくるポピュラーなものではないでしょ。それなのに、やたらと「ジャパン・ヴィンテージ」とやらがあっちこっちで騒がしく謳われて、例えばヤマハのFGやモーリスのTFシリーズなどまでが「ジャパン・ヴィンテージ」とやらに。あとは「ヤイリ」「ヤマキ」「マツモク製」「東海楽器製」、とまあ1970年代辺りの良いギターに紛れて、名前は出しませんが、それらの古いブランドやOEM製品なども「ジャパン・ヴィンテージ」だとか…。で、さらにはハカランダ教の教え「見事にうねった驚きの杢目!」、サイケデリック(この言葉知ってる? 60年代に流行った幻覚的、ドラッグ的感覚のこと)な模様を称賛してそれを価値ある一品としています(音に関係ないんだけど…)。

そうしたものに法外な値段を付けて売ろうとしている魂胆がありありなのですが、売る側が「ジャパン・ヴィンテージ」と吹いておきながら、その時代のギターのことをあまり知らないというのが多いように思えます。中にはギターそのものをよく知らない輩も見受けられます。何でしょこれは、と思っていたら、私がギターから離れている間に「ギター・バブル」の様なものがあって、ヤマハのFG180が数十万円で取引されていたりしたとか…。オー、アンビリーバブル! そんなの、あのフォークブーム時代に(多分)一番売れた普及版的ギターでしょ。歴史的な意義はあり、フォークブームを支えた良質廉価なギターであることは認めますが、それが「ヴィンテージ」とは…。車の「カローラ」をヴィンテージなんて言わないでしょ。今はバブルも収まっているようですが、それにしてもまだその余波が残っているのか、「このギターがこんな値段…」というのは多々あります。

まあ、人が勝手にやっていることなので、殊更に因縁をつけても詮無いことであるのは百も承知ですけど、「ヴィンテージ」としての価値があるものを取引するなら、双方にそれなりの価値観と知識が備わっていないと、「どんな傷でも立ちどころに治るガマの脂!」に群がるお客さんみたいなもので、どう頑張ってもFG180からはFG180の音しか引き出せませんし、多少熟成したとしても、まあねえ…、口上が上手い人に惹かれてしまうのは珍しくもないけど。FG180が価格の割には良いギターであるとは思います。若い頃に手にしたことのある現役世代としては。しかし…。

いえ、アラカンオヤジの愚痴ですから、大したことは言ってません。まあ、思うにですが、バブルなるものは「チューリップの球根」にでも起こることですから。17世紀のオランダで起きました。興味のある方は兄弟サイトの「花を飾る」内の「花のお話 その20」をご覧ください。人の欲はいつでも泡のように膨れ上がります。何度でも繰り返し。

で、愚痴ついでに「ジャパン・ヴィンテージ」と謳っているギターがあったとしたら「どこに価値があるのか?」を質問してみるといいですよ。おそらく、冒頭で述べたようなステレオタイプの答えが戻ってきて、「よく分からない」と言えば、「素人さんにはそうでしょう」なんて答えが戻ってきますから。絶対的に「真」であることは、「ギターは楽器であり、その本価値は音にあり」です。ですから、いかに「ヴィンテージ」とかの価値を言われようとも、床の間に飾っておくのならよろしいでしょうけど、それを弾いて楽しもうとするなら「音」にこだわるべきでしょう。装飾よりも。これは、直接弾いてみないと分からないものですし、本当にその音の良さが分かるまでに少々時間がかかったりするので難しいのですが、とはいえそこは鉄板の要件です。

思うに、「ジャパン・ヴィンテージ」なるものは「音・生音」を聞いてのものではなく、その「(怪しい)スペック、時代背景、付加価値」を聞いてのものでしょう。大いに余計なことですが、けっこう怪しいものって多いですよ。余談を一つ。不謹慎ながらあのヒトラーを引き合いに出す話ですが、ヒトラーが愛人エヴァの使っている歯磨きについて「どうしてそれがたくさん売れているか、分かるか?」と聞いたそうです。エヴァは「それは、この歯磨きが良い商品だからでしょ」と答えましたが、ヒトラーは首を振ってこう言いました。「違うよ。たくさん宣伝しているからだ」。ジャパン・ヴィンテージにご用心。

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