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サウンドその29:「音を言葉で表現するのは、難しい… 鈴鳴りって言われても…」



ギターのある生活 ギターに限らず、「音を奏でる楽器」はたくさんありますが、オーケストラまで含めて、「音」なるものを言葉で表現するのは誠に難しいことであると思います。理屈を言えば、そもそもが人間の創造欲求に応えるための表現手段として、「言葉(文字)」「音」「絵画(描線、色)」「オブジェ(塑像、彫刻等)」、様々にある訳で、その中の「言葉(文字)」というものは、我々の日常的なコミュニケーションのための道具でもあり、同時に創造的な営みとして作品性の高いものへと昇華されもします。で、「音」は「音」であり、具体的なコミュニケーション手段としては限界があります。例としては、昔の戦で「出陣の太鼓」とか「退却の退き鉦(ひきがね)」とかの「取り決め的」な合図として使えたりはしますが細かいニュアンスまでは伝えにくい。なんせ、人によって感じ方が違いますから(ここが一番の問題)。長調の曲でも「楽しく」聞こえるものもあれば「悲しく」聞こえるものもあります。余談ですが、あの「蛍の光」が長調であることを知った時、少し驚きました。

まあ、「言葉(文字)」も多少の「勘違い」とか「誤解」を生みますが、こちらは「音」に比べて、かなりの精度で情報を共有できます。日常的にこいつで我々はコミュニケーションを図っています。「文学」の世界では、おそろしく複雑な表現も可能となります。ですが、そもそもが表現の手段として異なるもの(言葉⇔音)をそれぞれに伝えようととすれば、かなりの努力というか、伝えるための「才」を要求されるでしょう。「音」自体での相互コミュニケーションが全く不可能とは思いませんが、オトーチャンがクラリネットでオカーチャンが太鼓って家庭内コミュニケーション、かなり難儀なことではあるでしょう。面白いとは思いますけど。ハイ、お茶らけは置いといて本題に戻りますが、「音」を言葉で表現するのは「文学的な昇華」の世界であると思います。そこに表現の稚拙、玄妙はあるにしても、ギターの音に対しての多くの「言葉(文字)での表現」を見て(読んで)いると、面白さと戸惑いが交錯します。音について知らせるにはその「音」そのものを聞いてもらうのが手っ取り早いのですが、多分、前述したように人によって感じ方は色々。

「言葉(文字)」で伝えようとしても、同じようなことになるでしょう。「鳴る」という表現に対しての戸惑いはすでに本篇の「その26」で書きました。「激鳴り」「爆鳴り」なんてのがありますが、ギターのことですから「激昂した怒鳴り声」でも「爆発音」でも無いでしょう。自分としては「鳴り」って表現がよく分からないのに、「激」も「爆」も無いのですけど。ま、「でかい音が出る」ってことなんでしょうね、多分。で、「鈴鳴り」ってのがありますが、これはどのような「音」なのでしょうか。まさか、クリスマスの「シャンシャン」なんてサンタさんのソリの音ではないでしょう。愛用の新解さん(国語辞典)には「鈴鳴り」という言葉はありません(私のが古いのかな?)。「鈴生り(=果実が一本の枝にたくさん実っている様子)」はありましたが…。

けっこう極めつけに戸惑ったのは「お鈴(おりん)」のような高音、とかって表現…。あの仏壇にある「チーン」ってやつ…。すいません、表現の自由は当然尊重した上でのことなのですが、私はギターを弾いていて「チーン」なんて音聞いたことがありません。自分のでも、人のでも。それから、これはまあ分からないでもないのですが、「その音はピアノだ」ってのも、ちょっと…。ピアノもギターも同じストリングスですが、ピアノは「打弦楽器(弦を打って音を出す)」、ギターは「撥弦楽器(弦を弾いて音を出す)」ですから、違うと言えば違うし、似ていると言えば似ていると思うし…。ただ、私は自分のギターからピアノの音がしたら驚いてしまいます。「煌びやか」とか、「豊かな倍音」てのも、ちょっと…。

結局思うに、そうした表現は「予定的」に使われているような気がするのです。これは別にオヤジの愚痴とか因縁、与太話というわけではなく、そのギターに関して、何らかの「思惑的(ギターを売ろうとしている、自分のギターを自慢する、自分のギター論を披露する等々)」なものから使われる表現であるように思います。ですから、少々「地に足のついていない」的な表現になってしまうのではなかろうかと、思うのです。もし、このような発言を不愉快に思われる方がいらっしゃったら、お詫びします。が、まあ、それほど高飛車な講釈を垂れているわけでもなく、むしろ素朴な疑問を述べているわけですから、その辺りはご容赦。

もともとの前提に戻ります。「音」を「言葉」で表現するのは難しいのです。かといって、変な表現はやめろなんて間違っても思いませんよ。私も、本サイトの中で何とか「音」を言葉で表現しようと四苦八苦していますから。ただ、「爆鳴り」とか「激鳴り」とかの表現は使いませんが。インターネットはコピペの世界ですけど、今少し色々な表現を模索してみましょうよ。ギブソンと言えば「ジャキジャキ」じゃ面白くないでしょ。どうせならもっとレトリカル(修辞的)に、例えば、「マーチンは神々が我々に与えた天上の調べを奏でるための音」とか、「ギブソンは、魂を揺さぶる波動を6本の弦から得て、サウンドホールからそれを砲弾のように発射する」とか、「ローデンはアイルランドの森の妖精たちが、その精気で編み込んだ光を音に変えて奏でる」とか…。恥ずかしくなってきたので、この辺で止めます。

まあ、何が言いたいかというと、「音」を「良い音」として表現したい中で「予定的」な形容がやや多用され過ぎていると思いますので、そんなの、それぞれに違うということでよろしいではないでしょうか、と言うことです。確かにギターの音には個体による良し悪しがあるのは確かですが、それが絶対的な目盛りを持っている訳じゃあるまいし、今の私がローデン持っても弾きたい曲なんてありません。プリウォーのバック&サイドがハカランダのマーチンを持っていても、猫にコンバンワ、です。それよりも今はサイド&バックが合板のシグマ000-28ECで、クラプトンのアンプラグドをコピーして悦に入っているのが楽しいのです。自己満足の世界。その他のギターは、たまにその音を確かめるようにして楽しんでいますが。色々な音を楽しんでいるということです。ハイ、色々な音があるというのが事実です。それに良し悪しの順番なんてありません。

「ギターの音」の価値化や評論にエネルギーを費やし過ぎるのはどうなんでしょうかね。個人的には、いかに気持ちよく弾きこなすか、ということが一番の楽しみであり、取り組みの課題です。課題って言ったって「宿題」出されているわけではありませんから、これまた楽しみの「方向」のようなもの。ギターの音は弾く者によって別物のように変わります。「音」は口じゃなくて耳で楽しみましょう。ハイ、大きなお世話のお話でした。

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