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サウンドその31:「根強い単板信仰 趣味とは言え、不合理な…」



ギターのある生活 趣味ですから楽しいのです。何がって、WEBのショップやヤフオクで色々なギターを眺めているのがです。ハイハイ、変でしょう。と、どう言われようと趣味とはその人個人のもの、私個人のものでして、おかげで妙な楽しみがさらに増えてしまいました。それは「憶測」です。一歩間違えれば「ケチを付ける」「難癖を付ける」ってのと紙一重(いや、そのものか…)となります。例えば、お約束の「二度と出ない単板ハカランダ! 激鳴り!」なんて書かれた結構なお値段のギターを見つけて、「これハカランダ…? ちょっと怪しいなあ」とか。杢目がうねっていると皆ハカランダってわけでもありませんし、単板と言い切れる根拠って、どこにあるんでしょうね。合板だって、ハカランダ(ローズウッドって表現の方が正しいですね)の3層合板なんてのもあるようですし、某ルシアーはローズウッドの間にマホガニーを挟むとか…。主にサイドの強化が目的だそうですけど、そうした、詳しい情報があるならまだしも、ハンコで押したように「ハカランダ単板、激鳴り!」って表現がけっこう多いので、見ていて楽しくなってきます(笑ってる)。

いまだに「割れ止め」が単板の証なんて見ると、これは言い方が悪いですけど「人を騙す常套手段」となるって可能性を考えてしまいます。つまり、「割れ止め」をとにかく付けておけば、「単板である動かぬ証拠」となるってことで、あんなの、合板だろうが何だろうが付けられますよ。簡単に後付けだってできます。単板で「割れ止め」のない方が多いのでは。で、ハカランダ、もしくはジャカランダなる呼称は流通上での習慣的なもののようです(ハカランダっていう全く違うマメ科の植物もあるみたい)。正確には「ブラジリアン・ローズウッド」でしょうね。しかしこの呼称だと、ブラジルのどこで採れたのかまでは分かりません。国境で別れるのでしょうか。ちょうど国境線上に生えていたらどうなるんでしょうか? 地下鉄の電車をどうやって地下に入れるのか(古…)って問題並みに気にかかる。ギターにとって「良い材」がある、ってことは理解できます。が、それが何であるのかは分かりません。

職人が作る工芸品は、時としてカスタムや試作などの機会にイレギュラーな個体が出てくることは珍しくありません。その素性を追いきれないギターはけっこうあります。その中にはとんでもない個体が存在する可能性があります。「材」による当たり外れもありますが、製作の出来不出来もあるでしょう。私がこれまでに手に入れたアコースティックギターで、手放すことを考えたことのあるものはありません。ラッキーなことに皆、それぞれに良い「響き」を聞かせてくれています。単板だろうが合板だろうが。

で、最近、ヤフオクで私が持っているのと同じ「シグマ by Martin S00028EC」を見かけ、多分、それは寺田製の個体であることは間違いないと思えるギターでした。状態も良く、そこそこのお値段が付いていましたが、出品者の説明を読んでいてちょっと驚きました。出品者は、シグマのメンテナンス(フレット交換、ネック調整、ナット・サドル交換など)にけっこうな費用を掛けられているようでしたが、それは愛着があるギターであるが故と思い、「なんでそれを手放すのかな…? もったいない」と思っていると、そこに手放す理由が書いてありまして、それは「サイド&バックが単板ではなく、合板だから」だそうです…。それを知らずに買ったのでしょうか? 「by Martin」だから、本家の「00028EC」と同じであると思って買われたのでしょうか? 「シグマ」というブランドを理解されていなかったのでしょうか? 分かりません…。

しかし、文字通りに読めば、今まで「単板」だと思っていたギターが「合板」であったから「手放す」と言うことでしょう。私、驚くというより、眩暈の様なものを覚えました。今まで、メンテナンスに手をかけて愛着を持って弾かれていた(であろう)ギターを、そんなことで手放されるとは、理解しがたい…。「単板」ではなく「合板」であると知った途端に音が変わったのでしょうか。まさか…。

同じ「シグマ by Martin S00028EC」を持っている者として、なんか妙に割り切れない感情を持ってしまいます。悲しい、ってのに近い感情でしょうか…。私のシグマは、ビックリするような音を響かせてくれます。「ローズウッド単板」の000スタイルのギターや、「ハカランダの追柾目(柾目と木目が混じっている)」である確率が高い古いニューヨーカーやフルコアのギターに交じって、遜色のない音を奏でています。ボディサイズがコンパクトで抱えやすく、弾く頻度から言ったらかなり高い。もちろん、手に入れる時からサイド&バックが「インディアンローズウッド合板」であることは知っていました。手に入れた理由は、マーチンと寺田楽器が作ったギターの奏でる音を聞きたかったからです。それは、まったく期待を裏切らず、特に低音の重厚さは相当なものです。古いギターですので、メンテナンス(ブリッジの剥がれ等)にはコストもかかりました。手放したらもう手には入らないでしょう。このレベルの個体は。

とくに「シグマ」がというわけでもないのですが、このギターは慎重に選ばないと、けっこう怪しいのが少なからず存在するギターです。が、1970年代に寺田楽器がマーチンから委託されてOEM対応した個体は「合板」であることをむしろ「メリット(品質の安定、狙いのある音作り、頑丈なボディ等)」として作られたギターであると思います。これは個人的な思い入れですが、その後のアコースティックギター作りに一つの「範」を示しているのではないかと考えています。

あくまでも「趣味」の世界ですから、人のことをとやかくとは言えないのが原則ですが、いまだ「単板信仰」の根強さを知らせてくれる「一撃」を食らってしまいました。まあ、私とて趣味としてやっているわけですから「人は人」で良いのですけど、なんとも「不合理」を感じざるを得ない事でした。あの、念のために断っておきますけど、これは「批判」ではなく、「あー、驚いた…」ってことです。

ギターのある生活へ




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